Elasticsearchクラスターの一般的なスプリットブレインシナリオのトラブルシューティング
強力な分散検索・分析エンジンであるElasticsearchは、クラスターの整合性を維持するために、安定したネットワークと適切な設定に依存しています。「スプリットブレイン」シナリオとは、クラスターが複数の独立したノードグループに分断され、それぞれが自分がマスターであると認識してしまう状態を指します。これにより、データの不整合、ノードの応答停止、さらにはデータ損失が発生する可能性があります。原因を理解し、これらの問題を診断・解決する方法を知ることは、健全なElasticsearch環境を維持するために不可欠です。
本記事では、Elasticsearchのスプリットブレインシナリオの一般的な原因、特にネットワーク関連の問題とクォーラムの設定ミスに焦点を当てて解説します。クラスターの安定性を回復し、将来の発生を防ぐために、診断チェックや設定調整を含む実践的な手順を提供します。
スプリットブレインの理解
スプリットブレイン状況は、ノード間、特にマスター候補ノード間の通信が妨げられた場合に発生します。Elasticsearchのような分散システムでは、ノードはクラスター全体の操作を管理するためにマスターを選出します。マスターノードに到達できなくなったり、ネットワークパーティションによってノード群が隔離されたりすると、隔離された各グループ内で新しいマスターが選出される可能性があります。これにより、それぞれの「マスター」が独立して動作するため、競合するクラスター状態が生じ、厄介なスプリットブレインが発生します。
スプリットブレインの主な結果には以下が含まれます。
- データ不整合: あるパーティションでインデックスが更新されても、もう一方では更新されない可能性があります。
- ノードの応答停止: ノードが参加できなくなったり、効果的に通信できなくなったりする可能性があります。
- 書き込みエラー: クラスター全体での調整を必要とする操作は失敗します。
- データ損失の可能性: パーティションが持続し、正しくマージされない場合、データが失われる可能性があります。
一般的な原因と診断手順
スプリットブレインの問題は、ネットワークの不安定さやクラスター設定の誤りに起因することがよくあります。最も一般的な原因とそれらを診断する方法を以下に示します。
1. ネットワークパーティション
ネットワークの問題は、スプリットブレインの最も頻繁な原因です。これは、一般的なネットワーク接続の問題から、ノードやアベイラビリティゾーン全体を隔離するファイアウォールやルーティングの問題の設定ミスまで多岐にわたります。
診断手順:
- PingとTraceroute: 各ノードから、クラスター内の他のすべてのノードに対してpingとtracerouteを試みます。パケットロス、高い遅延、または到達不能なホストを探します。
bash # Linux/macOSシステムでの例 ping <other_node_ip> traceroute <other_node_ip> - ファイアウォールルールの確認: すべてのノード間でElasticsearchのトランスポートポート(デフォルトは
9300)が開いていることを確認します。ファイアウォールは、断続的な接続問題の一般的な原因となることがあります。 - ネットワークインフラストラクチャの検証: ルーター、スイッチ、ロードバランサーで設定エラーや障害の兆候がないか確認します。
- クラウドプロバイダー固有の設定: クラウド環境(AWS、GCP、Azure)で実行している場合は、セキュリティグループ、ネットワークアクセスコントロールリスト(NACL)、仮想プライベートクラウド(VPC)のルーティングテーブルに制限がないか確認します。
- Elasticsearchログの分析:
[connection_exception]、[netty]、[remote_transport]、または[master_not_discovered]のエラーについてログを確認します。これらは多くの場合、ネットワーク関連の通信障害を示しています。
2. マスター候補ノードの障害
マスター候補ノードが障害を起こしたり利用できなくなったりすると、クラスターは新しいマスターを選出しようとします。ネットワークパーティションがノード間の通信を妨げている場合、複数のマスター選出が同時に発生し、スプリットブレインにつながる可能性があります。
診断手順:
- マスターノードの監視:
_cat/masterAPIを使用して、現在選出されているマスターがどのノードであるかを確認します。
bash GET _cat/master?v - ノードステータスの確認:
_cat/nodesAPIは、クラスター内のすべてのノードとその役割の概要を提供します。
bash GET _cat/nodes?v - クラスターヘルスの分析:
_cluster/healthAPIは、クラスターの全体的なヘルスを示します。黄または赤のステータスは、シャードアロケーションの問題を示していることが多く、これはスプリットブレインに関連している可能性があります。
bash GET _cluster/health
3. 不適切なクォーラム設定 (discovery.zen.minimum_master_nodes)
この設定は、スプリットブレインを防ぐために極めて重要です。これは、クラスターがマスターを選出し、動作するために利用可能でなければならない最小限のマスター候補ノード数を定義します。この値が低すぎると、ノードの少数派でもクォーラムを形成し、クラスターの他の部分から隔離されていてもマスターを選出できてしまいます。
ベストプラクティス: discovery.zen.minimum_master_nodesを (N / 2) + 1 に設定します。ここで N はクラスター内のマスター候補ノードの数です。これにより、マスター選出にはマスター候補ノードの過半数が必要になります。
設定例 (elasticsearch.ymlにて):
マスター候補ノードが3台の場合:
discovery.zen.minimum_master_nodes: 2 # (3 / 2) + 1 = 2
マスター候補ノードが5台の場合:
discovery.zen.minimum_master_nodes: 3 # (5 / 2) + 1 = 3
Elasticsearch 7.x以降の重要な注意点:
Elasticsearchバージョン7.0以降では、discovery.zen.minimum_master_nodesは非推奨となり、cluster.initial_master_nodesに置き換えられました。Elasticsearch 7.xの場合、アップグレード中に古い設定に関連する問題が発生する可能性があります。Elasticsearch 8.x以降では、ブートストラップ時の初期マスターノード設定に基づいてクラスターが自動的にこれを処理します。クラスターをブートストラップするための新しい推奨アプローチは、cluster.initial_master_nodesを使用することです。
# Elasticsearch 7.xの場合、初期クラスターブートストラップ中に使用
cluster.initial_master_nodes: [ "node-1", "node-2", "node-3" ]
診断手順:
elasticsearch.ymlの確認: すべてのノードでdiscovery.zen.minimum_master_nodesまたはcluster.initial_master_nodesの設定を確認します。- 一貫性の検証: この設定がすべてのマスター候補ノードで一貫していることを確認します。
- 再計算: 最近マスター候補ノードを追加または削除した場合は、この値が正しく再計算され、更新されていることを確認します。
スプリットブレイン状況の解決
スプリットブレイン状況を解決するには、データ整合性を確保するための慎重な手順が必要です。一般的なアプローチは、パーティションを特定し、1つのパーティションだけを残して停止し、その後クラスターを再結合させることです。
警告: これらの手順にはElasticsearchノードの停止と再起動が含まれます。復旧を試みる前に、必ず最新のバックアップを取得してください。
ステップ1: パーティションの特定
ネットワーク診断ツールと_cat/nodes API(アクセス可能な場合)を使用して、クラスターがどのようにパーティション化されているかを判断します。どのノードがお互いに通信できるかを確認するために、個々のノードのログを確認する必要があるかもしれません。
ステップ2: 生存パーティションの選択
どのパーティションを信頼できるものとして残すかを決定します。これは通常、スプリットが発生する前にアクティブだったマスターノードを含むパーティション、または最新のデータを持つパーティションです。このパーティション内のノードを実行し続けるようにマークします。
ステップ3: 生存しないパーティション内の全ノードの停止
維持しないパーティションに属するノード上のすべてのElasticsearchプロセスをシャットダウンします。
ステップ4: 生存パーティションのリセットと再起動
生存パーティション内のノードで、以下を実行します。
- Elasticsearchの停止: すべてのElasticsearchプロセスが停止していることを確認します。
- トランザクションログの消去(オプションだが推奨): データ整合性を確実にするために、生存ノード上のトランザクションログを消去することができます。これはより積極的な手順であり、注意して実行する必要があります。
elasticsearchデータディレクトリを見つけます。- 各インデックスについて、
dev/shm/elasticsearch/nodes/<node_id>/indices/<index_name>/0/translogディレクトリを見つけて削除します。 - 注意: これによりプライマリシャードからの再インデックスが強制されます。生存パーティション内のプライマリシャードが破損しているか欠落している場合、データ損失につながる可能性があります。可能な場合は、クラスターが再同期されるのを待つ方が安全な場合が多いです。
minimum_master_nodesが正しいことの確認:discovery.zen.minimum_master_nodes(または新しいバージョンではcluster.initial_master_nodes)が、クラスターに含める予定の最終的なマスター候補ノード数に対して正しく設定されていることを再確認します。- Elasticsearchの起動: 生存パーティション内のノードでElasticsearchサービスを起動します。これらはマスターを選出し、安定したクラスターを形成できるはずです。
ステップ5: 他のノードの復帰
生存パーティションが安定したら、以下を実行します。
- Elasticsearchの起動: 以前は生存しないパーティションに含まれていたノードでElasticsearchサービスを起動します。これらは既存のクラスターに参加しようとするはずです。Elasticsearchは、現在安定しているクラスター内のプライマリノードからシャードデータを再同期します。
- クラスターヘルスの監視:
_cat/nodesおよび_cluster/healthを使用して、すべてのノードが再参加し、クラスターの状態が緑に戻ったことを確認します。
予防戦略
- 堅牢なネットワーク監視: Elasticsearchノード間の遅延とパケットロスに細心の注意を払い、ネットワークインフラストラクチャの包括的な監視を実装します。
- 冗長なマスター候補ノード: 過半数に基づくクォーラムを容易にするため、常に奇数(最低3つ)のマスター候補ノードを配置します。
- 正しい
minimum_master_nodes: これがあなたの主要な防御策です。マスター候補ノードの数Nに対して、常に(N / 2) + 1に設定されていることを確認します。 - マスター候補ノードの分離: 負荷や潜在的な干渉を減らすために、マスター候補となる特定のノードを専用にし、データノードから分離することを検討します。
- ステージングとテスト: クラスター設定の変更(特にネットワーク関連のもの)は、本番環境に適用する前に、ステージング環境で徹底的にテストします。
- 定期的なバックアップ: Elasticsearchデータの定期的な自動バックアップを維持します。これが究極のセーフティネットです。
結論
Elasticsearchにおけるスプリットブレインシナリオは困難な場合がありますが、細心の注意を払った設定と監視によって回避できることがよくあります。根本的な原因を理解し、徹底的なネットワークチェックを実施し、クォーラム設定を正しく構成することにより、これらの問題に遭遇するリスクを大幅に減らすことができます。スプリットブレインが発生した場合、構造化された復旧プロセスに従うことで、クラスターの整合性を回復し、データの一貫性を確保するのに役立ちます。堅牢なネットワーキングと正しいクラスター設定による予防を優先することが、安定した信頼性の高いElasticsearchデプロイメントを維持するための鍵となります。